Onthedayは海外旅行や国内旅行はもちろん、格安航空券、ホテル、列車のチケットなどお得な情報が満載!
福岡観光穴場スポット「香椎宮」

福岡観光穴場スポット「香椎宮」

福岡は、グルメや、お菓子等名物が多く、逆に見るところ (観光地)

少ないと紹介されがちですが、そんなことは ありません。

日本の歴史文化の宝庫です。実は神社の数も 多くなんと3,417社で

日本第三位を誇っています。 その中でも日本の歴史がつまった

香椎宮についてはあまり 知られていないパワースポットだと思います。

今回、香椎宮の氏子の徳永さんに香椎宮をご案内して頂きました!

境内には香椎宮周辺歴史散歩案内というマップが写真付きで 案内されており、

香椎宮周辺には多くの神社があることが 分かります。

西暦200年に建立された歴史がある神社で 神功皇后を祭る宮で見どころは、

境内の中の本殿とそれに 続く社殿や頓宮、古宮、300歳まで生きれる不老水、

綾杉 などみどころがいっぱいです。亦、香椎宮は蛍の名所でも あります。

「勝負の神(受験)」「婚礼」「7.5.3」 など縁起物の神様でもあります。

福岡観光の際、是非とも パワースポット「香椎宮」へ!

 

 

今回は、国の重要文化財に指定されている香椎宮 (かしいぐう)を

ご紹介します。       

博多駅からJR電車で乗り換えて約十分少々、散歩ついでに 香椎宮へ。

4月初めで桜が満開。境内では、桜見客もちらほら。

木漏れ日が気持ちいい参道は、見事な楠木が緑のトンネルが 続きます。

参道(勅使道) 

香椎宮から西に伸びる参道は「勅使道(ちょくしどう)」 と称され

古くは神の道として、勅使参向ならびに神幸式の 時のみに使用されて

いました。

勅使道は、頓宮や境外末社濱男神社を経て海岸まで

約1キロメートル続く楠の並木道ですが、この並木は大正 15年(1926年)に

楠の苗木が奉献されて整備されました。

勅使道の先には神功皇后ゆかり地という御島(みしま: 境外末社御島神社が

鎮座)があり、この御島に対峙して 陸側に浜鳥居が建てられている。

なお、かつての海岸線は 頓宮や境外末社濱男神社の付近にあったが、

現在までに 埋め立てが進んでこの勅使道付近一帯では、兜塚・ 鎧塚・

馘塚(みみつか)など神功皇后に関わる伝承地が 分布する。

御島崎海岸に位置する浜鳥居 『香椎宮の歴史』 奈良時代の初め、

仲哀天皇 神功皇后ゆかりのこの地に 神功皇后が亡くなられて四百年後の

七二四年に神功皇后を 祭る「香椎廟」が建てられました。

のちに「香椎宮」と 改められ代々の天皇は先祖を祭り即位のときや、

国の大事のときなどに勅使を遣わされました。
香椎宮内入り口の鳥居をくぐり、真直ぐ進むと境内のクジラ
の形をした池が現れ さらに進むと楼門にたどり着く。

 
楼門をくぐと神木「綾杉」が目に留まる。
香椎宮の御神木、綾杉は樹齢1800年を超える大杉で
神功皇后が西暦200年に植えられたと伝わるこの御神木は、
通常の杉とは異なり、葉が交互に交わって綾の文のように
なってることから「綾杉」と名づけられたそうです。

明治29年、夏目漱石が香椎宮に立ち寄った際に詠んだ
「秋立や 千早ぶる 世の杉ありて」は、朱色に塗られた柵を

飛び出し、空に向かって伸びる力強い綾杉は、圧巻です!
「綾杉」は、1400年前に神功皇后が、下に鎧(よろい)など
を埋めて、その上に杉の種を植えました。
このとき、種を逆さまに植えたので、綾杉は、ふつうの杉
とはちがう形をしています。雷が落ちたけれど、下から、
どんどん生えてきて、今のような形になったそうです。

 
広々した境内は、見どころが沢山!
香椎宮の境内は花の名所としても有名です。
3〜4月は桜。4〜5月には亀の池を囲む小山の斜面に1600株もの

ツツジが。そして6月には菖蒲池に花菖蒲の花が咲きます。
福岡を代表する花菖蒲の名所としても知られています。
総欅白木造りの桜門を抜け、欅造朱塗の中門をくぐると
鮮やかな朱塗りの拝殿が目の前に迫ります。
無料の休憩所もありますので、広々とした境内を回った後は、
一休みをお勧めします。綾杉餅と甘酒が人気です!
  

 

 

全国重要文化財の香椎造り
江戸時代に再建された本殿は、大正14年に国の重要文化財に
指定されました。
「香椎造り」と呼ばれるこの様式は、唯一無二の建築様式で
全国でも香椎宮でしか見られない。屋根の形式が特徴的です。
更に本殿には車寄せがあり、御祭神が御輿や牛車に出入り
する際、直接乗り降り出来るよう、出入り口用階段が
中途半端に切られています。


本殿は透塀で囲まれている為、通常は中に入ることが
出来ませんが、透塀越しに見る本殿も一見する価値あり!

右に本殿(国の重要文化財)、左に幣殿
主要社殿は本殿・幣殿・拝殿からなる。そのうち本殿は、
享和元年(1801年)の福岡藩主10代黒田長順(黒田斉清)
による再建で、南面して建てられている。
入母屋造(正面に千鳥破風を付す)で、左右側面に各一間に
車寄を付し、正面と左右側面にはそれぞれ向拝一間を付す。
屋根は檜皮葺。内部は梁間三間を外陣・内陣・内々陣に分け、
かつ外陣左右に「獅子間」一間を有する。このような構造の
起源は明らかでなく、香椎宮本殿にしか見られない独特な
もので「香椎造(かしいづくり)」と称される。
この本殿は国の重要文化財に指定されている。
本殿前に建てられる幣殿は、一般的な神社でいう拝殿に
相当する建物であるが、香椎宮では古来勅使が幣帛を
捧げる場所であるとして「幣殿」と称されている。
この幣殿からは左右に透塀が伸び、本殿を取り囲む。
また幣殿前に建てられる拝殿は土間敷で、正面には
「香椎宮」の勅額が掲げられている。これら社殿群の
正面には中門が位置し、この中門の左右には回廊が接続する。
これら本殿に続く社殿群は、明治31年(1898年)頃の再建、
以上のほか、丘陵の麓に位置する楼門は明治36年(1903年)
の再建になる。また、中門内には奏楽殿・神輿庫・神饌所が、
中門外には勅使館(勅使宿泊所)・絵馬堂などの社殿がある。


 
旧跡 古宮 筑紫橿日宮伝承地で、仲哀天皇廟跡。

「ふるみや」本殿から北東方に所在する。仲哀天皇の
営んだ仮宮「橿日宮(訶志比宮)」の伝承地で、仲哀天皇の
廟跡と伝える。大正4年(1915年)までは仲哀天皇を祀る祠が
存在したが、同年に本殿に合祀されている。
玉垣内には、仲哀天皇の棺を掛けたという神木「香椎」(
棺掛椎<かんかけのしい>)が立つ。付近には「仲哀天皇
大本営御旧蹟」碑も建てられている。

 

 

 

不老水
「ふろうすい」。本殿から北方の山手に所在する霊泉。
別名を「御飯(おいい)の水」「老(おい)の水」とも。
「不老水」の泉名は、仲哀天皇・神功皇后に仕えた武内宿禰が、
この泉の水を汲んで食事・酒を調えて300歳以上という
長寿を保ったことによるといい、天平宝字2年(758年)に
井戸が補修された際にそう名付けられた。

不老水の歴史  
武内大臣が香椎に住んでおられた時、常にこの水を汲んで、
飯酒を調へられ遂に三百余歳の長寿を保たれましたので、
旧大宮司武内氏の家を「老の屋」、その山を「老の山」
その水を「老の水」と呼んでいる。
一帯は武内宿禰が居住した地として「武内屋敷跡」と称される。
不老水は、毎年正月に綾杉・椎茸とともに皇室に
献上される。昭和60年(1985年)には名水百選に選定された。
本名水100選に選出された名水です。神功皇后のお供を
していた竹内宿禰が、この水を飲んで300歳まで生きたと
いう伝説があります。

無料で汲むことが出来るのですが、水量が減少している為、
ひと家族につき4リットルまでと取り決められています。
とにかく飲んでびっくり!澄んだ冷たいおいしい水です。
本殿から歩いて7分程なので、不老水で乾いたのどを
潤してみては…

            

頓宮(とんぐう
神幸式の際の神輿の仮宮は、本宮西方の鹿児島本線の
勅使道踏切付近の丘に位置する。中世以前は神殿・拝殿も
存在したが、中世以後荒廃し神幸も途絶えたという。
明治6年(1873年)に神幸式が再興され、明治40年(1907年)
には常設の社が建てられ「香椎宮浜殿」とも称された。
現在も隔年4月の春季氏子大祭で、氏子が特別な衣装を身に
まとい頓宮への神幸が斎行される。
頓宮境内には万葉歌碑として、神亀5年の万葉歌3首が
三条実美の揮毫で明治21年(1888年)に建立されている。

境内には香椎宮周辺歴史散歩案内というマップが写真付きで
案内されており、香椎宮周辺には多くの神社があることが
分かります。四季折々の美しさと、亦、香椎宮は蛍の名所
でもあります。


西暦200年に建立された歴史がある神社で神功皇后を
祭る宮で「勝負の神(受験)」「婚礼」「7.5.3」
など縁起物の神様でもあります。
福岡観光の際、是非ともパワースポット「香椎宮」へ!

 

旅のご案内は… ☎092−725-9090 Tommy's World迄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

|カテゴリー:Onthedayスタッフからのお便り